夏になると思い出すカフェがある。
カフェというより喫茶店だ。お店の名前は「ちょうふだぞう」なんとも言えないネーミングである。
看板にはエレファントのイラスト。
数年前のこと。
家の近所にその看板があったのは知っていた。看板には確か喫茶と書かれており、福祉作業所の名前が併記されていた。
家の近所すぎて、ゆっくり休むならば帰宅を選択してしまう距離。しかも平日の夕方までしか営業していないので、なかなか行く機会が無かった。
私の自宅はマンションの4階だ。重要文化財一歩手前の築50年モノのマンションにはエレベーターなど無い。当時まだエレベーターが発明されていなかったからだ。(ウソ)
自宅にたどり着くためには急な階段をひたすら登るしかないのだ。
荷物が多い時などは絶望的な気持ちになり、ヨシ!と意を決して登らなければならない。
とある夏の猛暑日だった。
こんな暑さの日、熱中症気味でこの階段に挑むのはリスクが高過ぎる。
私たち家族は、たまたま開いていた「ちょうふだぞう」で体を一旦クールダウンさせることにした。
コーヒー/アイスコーヒー=100円
入口のプライスボードの値段もかなり魅力だが、なにより魅力的だったのは福祉事業所が運営しているなら、多少騒いでしまう子どもにも寛容な気がしたからだ。
泣き声が大きく、癇癪持ちの赤ん坊を連れて入る飲食店での居心地の悪さと慌しさに辟易し、ここ数年は目的地と自宅を最短距離で往復するのが外出のセオリーとなっていた。
入口を入るとすごく庶民的な店内。一画には作業所で作られたアクセサリーや小物が並んでいる。カウンターの脇には様々なパンがショーケースに並ぶ。このパンも作業所で作られたのだろうか。
店内はエアコンで快適な温度である。吹出る汗を拭いながらアイスコーヒーを注文した。
年配の女性が1人テーブル席からこちらを見て微笑んでいる。
BGMすらかかっていない店内は決して”オシャレなカフェ”という感じではない。
しかし、この飾らなさ気取らなさはまるで実家のリビングのようで妙に居心地が良い。
クールダウンを完了し、
「ご馳走さまでした」
と会計をしている時、ふと脇を見ると、”閉店のお知らせ”とあった。
なんということだ。せっかく快適そうな場所を見つけることができたのに閉店だと?
しばらくしてその敷地には工事の囲いが設置され、店舗も解体されてしまった。
もっと早くに覗いていればよかったな。
でも愛着が湧く前でよかったのかな。
通りかかるたびに少し淋しい気持ちで何も無い場所を横目で見ていた。
しばらく空き地であったその場所にマンション建設が始まり「ちょうふだぞう」の記憶もだいぶ薄れてきた頃、COMUGICOでお世話になっている地元の調布市民活動支援センター”あくろす”のある国領駅から徒歩1分の場所になんと「ちょうふだぞう」は「ほっとれーる」と名前を変え復活していた。
私鉄線路の地下化に伴い、新築された場所。電車が地下と地上を出入りする真上に「ほっとれーる」はあった。
“電車の見えるカフェ&ベーカリー”
電車の屋根が大好きなマニアには失禁しそうな景色が見られる。線路の真上にあるのだ。
外観はすっかりオシャレなカフェへと変化を遂げていた。
そしてメニューの良心的過ぎるコーヒーの価格設定は「ちょうふだぞう」の時と変わっていない。
パンを2つとホットコーヒーを注文し、店内を見渡すと、大きな窓から差し込む明るい日差しに、センスよく展示されている作業所で作られたアクセサリーや小物たちが嬉しそうに輝き、来客を歓迎しているようだった。
良心的過ぎる価格設定は少し値上げすべきではなかろうか。
需要と供給のバランスによって自然と適正価格が決まる資本主義経済において、数あるカフェも例外ではない。
紙コップに入った、もはやコーヒーの面影がない程様々なフレーバーで味付けした飲み物がかなりの高額にも関わらず大人気な昨今、福祉の一環として営業しているカフェが驚くほど低価格にも関わらずとても採算ベースに乗っていると思えない客席状況はいささか不思議である。
需要の観点から考えると店舗の立地に問題がありそうだ。
大手のチェーンは駅前の一等地に大きな看板を立てて集客している。そして採算が取れない店舗は撤退も早い。
福祉カフェはあまり人通りのない場所にひっそりとあるイメージだし、障害者福祉を第一義とした店舗は儲からないから閉店するというわけにはいかないのだろう。
個人的には隠れ家的なお店は大好きだが、ブランディングとマネタイズを考える必要がありそうだ。(最近知った単語で使いたくて仕方ない)
そんなに多くの福祉カフェに行ったことがあるわけではないが、店頭スタッフとして障害のある方が働いているのをあまり見かけない。
ここにも”配慮”や”忖度”というワケのわからない壁を感じてしまう。
私を含め障害を持つ子どもの親として、自分の子どもの未来の「就労」を見たい人も多いだろう。就労の選択肢に接客業があるべきだと思う。
福祉事業か否かは別にしてダウン症を持つ方が接客するカフェは数件知っている。
たまにSNSでお見かけするが、とても楽しそうだ。
健常者と同じようなサービスはできないかもしれないが、それは大した問題ではないはずだ。
普通のサービスが受けたい人は普通のカフェに行けばいい。
COMUGICOカフェやりたいなあ。
みんながイキイキと働くカフェだ。お客さんは障害のあるウェイトレスやウェイターとコミュケーションを楽しんでいる。
客の中には興味本位で来店する人もいるだろう。願ったりだ。彼ら彼女らの魅力を知ってもらうチャンスだ。
ふとしたきっかけで彼らに魅了された人をたくさん知っている。
そのうちウェイトレス・ウェイターにファンがつくだろう。いわゆる”推し”というやつだ。
小さなステージを設けて特技を披露するのもいいな。
あれ、このシステムはなんだかメイドカフェっぽいぞ。
ギャラリーを併設して作品展示もしたい。
「障害を売り物にして!」と怒られそうだが、そんなのは無視だ。アイドルに「かわいい顔を売り物にしやがって!」と言うのと同じくらい馬鹿馬鹿しい発言だと思うからだ。
コーヒーの味がわかる程の舌を持ち合わせていない私は、障害を持つ方々が楽しく仕事をしている姿が見たいだけなのかもしれない。
娘のウェイトレス姿を妄想をし、思わずゆるむ口元を隠すようにコーヒーを啜った。
しかし気づいた。娘に会いに来店してくれたお客さんから私は代金を受け取ることができるだろうか。多分できない。奢ってしまう。
残念ながらCOMUGICOカフェは諦めたほうがよさそうだ。
そんな私の足の下を電車の屋根が通過していくのだった。
名称 | ベーカリー&カフェ「ほっとれ~る」 |
所在地 | 調布市国領町3-19-1 |
WEB | ベーカリー&カフェ「ほっとれ~る」 | ちょうふだぞう (jigyodan-chofu.com) |
営業 | 10:30から18:00(平日) 10:30から17:00(土曜・祝日) ※日曜日定休日 |