がん患者まっちゃきが発信するイベント「ドヤフェス」へ

何年ぶりになるだろう。クロゼットの奥から革ジャンを引っ張りだした。
バイクとロックにどっぷり浸かっていたティーンエイジは真夏でさえ理由を付けては着ていた黒のライダースジャケットだ。
ダブルのライダースジャケットは仲間達のユニフォームであった。十数年ほぼ毎日着て、腕の曲りや、シワの入りかたまで身体のラインに馴染んでいたはずのそれは、まるで他人のような顔をしていた。
ライダースってこんなに重かったっけ。
カビてないことにホッとして、アームホールに腕を通した。コレ、オレのだよな?
バイクでひっくり返った時の擦りキズや、あちこちの汚れやほつれは間違いなく自分の分身であった。ライダースが縮んだのか?
ワンサイズ小さくなったような拘束感で上半身を締め付ける。
瞬時に自分がサイズアップしたことに気づいた。
身体をねじ込み、リビングへ戻ると妻が一言
「なんだか痛々しいね」
平然と最強にダメージを与えるワードを放ってきた。
「チャックはなんとか閉まるよ」と、かろうじて態勢を立て直そうとするも
「益々痛々しいよ」
凄まじいカウンターパンチを受けて、膝から崩れおちるオレのメンタル。
しかし、今日のオレは少し違っていた。なぜなら今から向かうはライブハウス!
今日は”ドヤフェス”に参加するのだ!ロックには黒のダブルライダースが正装のはず。
機能を優先してユニクロのダウンジャケットなぞ着ていったら入場できない可能性がある。と言って妻を説き伏せた。
革ジャンはまだ牛だった頃ぶりに中味が肉でパンパンになった状態だ。娘がいつも通りに抱っこをせがむ。屈んで抱き上げようとしたが、ちょっと厳しい。
「・・・シャツは脱ごうかな」
妻が笑いを堪えている。
お気に入りのウェスタンシャツを脱ぎ、Tシャツだけになると、先程よりはマシになった。
Tシャツだけでも寒くないし、どのみちもう汗だくだ。
Tシャツの裾をジーンズに入れるか出すか、もちろんジーンズにインだ。ショート丈のライダースの下にヒラヒラ裾が出ているのが好きじゃない。
「ダッサ」
聞こえるか聞こえないかの妻の声。
「じゃかましい!」
心の中で言い返した。

ようやく娘を抱き上げ出発。向かうは渋谷ライブハウス”LA MAMA”普段多摩地区で全て完結する生活をしているので、電車で 20分の渋谷は久しぶりだ。
夜(といっても18時)の繁華街もだいぶ久しい。娘を風呂に入れるために19時には帰宅しなければならない毎日なのだ。
ハイティーンの頃は定時制の高校に通っていたので、授業終わりの21時〜終電(か翌朝)までが青春であったオレは夜の渋谷に郷愁めいたものを感じ深呼吸していた。

渋谷駅のホームから改札へと足取りも軽く階段を下りると、ベビーカーと荷物で両手が塞がっている妻が、アゴである方向を指し示した。その先には今降りてきた階段があり、一番下にお年寄りがいた。
私と妻にかけられたMERRY PROJECT水谷さんの魔法が発動した。
「大丈夫ですか?」
大丈夫な訳がないので、娘を改札機付近で妻に託し、遠慮してモジモジしているおばあちゃんを抱き上げた。赤井英和のように軽やかに階段を上がろうとしたが、以外と重い。階段から落ちたらシャレにならないので慎重に一段一段あがる。
背後では自分以外の人を抱っこしているのを目の当たりにした娘が半狂乱で叫んでいた。ジェラッているようだ。


「たまにはこんなアクシデントも、(娘との)2人の絆をたしかめるいいスパイスになるさ」
浮気が発覚したジゴロのようなセリフを心の中でつぶやいた。
さて、そんなこんなでたどり着いた”LA MAMA”ベビーカーを押したライダース野郎(おっさん)を受付のヤバそうな2人の男がジロリと見た。
「大人2枚とチビ1人。ベビーカーはそこにおいててもいいですか。」
「いいっすよ。えっとチビちゃんはタダだったかな」「大人が2,500円で、ドリンクチケットが500円だから、いくらだ?」と言うともう一人の男が「5,500円だな」
2人ともだいぶ酔っているようだ。私は黙って6,000円を差し出しチケットを受けとった。そんなやり取りのあいだ娘はなぜかヤバそうな男達に愛想を振りまき、「イェーイ!」「イェー!」とピースサインを交換し親交を深めている。
「いかがわしい感じの人と親しくしちゃダメです!」
とハイタッチを繰り返す娘に注意しようとするが、目尻の下りきった男達を見て、邪悪なモノは一切感じなくなっていた。
よく見ると私も相当いかがわしい。

娘のニコニコは邪悪なモノを払う力があるようだ。そういえば、最近は妻も私も「良い人」と言われることが多々ある。

地下の扉を開けて中に入ると、かなりの賑わいだ。抱っこの娘の足が周り人に当たらないように奥へ進み、物販コーナーでサルサガムテープのニューアルバムGET!売り切れてしまったらシャレにならない。我が家全員大ファンなのだ。
客席には”サルサガムテープ”のメンバーがチラホラ。娘が勝手に弟子入りしたAYAさんをステージ袖に見つけ娘大興奮!近くに行こうと私の腕の中でもがき倒す。(ここまで抱っこ継続1時間)
AYAさんも気づいて「フリ、フリフリ」と娘と2人の暗号を送ってくれた。

どうにか撮れたAYAさんと娘のツーショット

ステージ上はスケジュールが押してるらしく、サルサガムテープの出番はまだのようだ。

アコギを持った妙なヘアスタイルのおじさんが出てきた。”井垣宏章”さんというらしい。一言で言うと「集合住宅に住んではいけないタイプ」の人だった。
上半身裸の痩せたおじさんが、アコギを搔き鳴らし絶叫しながら跳んだり跳ねたりのたうちまわっている。下の階の人はたまらないだろう。ちなみに以上は全部褒め言葉だ。
20年以上前私が憧れていたロッカー達は皆、どこかイカレていて、栄養失調気味で病的な正直さを感じる連中だった。いつの間にか中性脂肪と尿酸値と翌日の起床時間を気にする日々を送っている自分には眩し過ぎるステージだった。ただし、4歳の娘には刺激が強すぎる。見せちゃいけない!と思いきや、娘は「パッパッパパパ!ラリパッパ!」と拳を突き上げていた。普段から「パッパー、パパー」と私を呼んでいるからなのか。すごいな娘。

そして、ドヤフェスの主催者”まっちゃき”さん登場。癌の告知を受け絶望の中にいる時、忌野清志郎の音楽・生き様に支えられ、ステージⅣの癌と向き合い10回の再発を乗り越え癌サバイバーが悲壮感だけでないことを全国各地で発信し続ける人だ。

WEB ドヤフェスページ
Facebook @ matchaki1969
Twitter 松崎 匡(まっちゃき)

体調不良で控室で休憩していたとのことだったが、明るくドヤ顔で客席をいじくりながらMCをしていた。
自分が余命を宣告された時、こんなに前向きになれるだろうか。
いよいよサルサガムテープの出番だ。
大所帯のサルサガムテープにはステージが少々狭い。ど迫力の演奏はいつもの通り最高だ!(ここまで抱っこ継続2時間)

いつもiPadで見ている音量とは比較にならないボリュームに狼狽える娘だが、いつもと同じ曲とわかると、目を輝かせてノッている。
娘はストローマグの麦茶で水分を補給しながら、アルコールを補給しているだいぶ出来上がったちょっとガラの悪いオーディエンスに混じって手を振り回している。

迫力のステージが終り、ドヤフェスも後半になる頃、タイムアップ。まだまだ盛り上がっているなか、後ろ髪を引かれながら出口へ向かった。

サルサガムテープのライブはもう一つの楽しみがある。メンバーの親御さん達と会えることだ。障がいを持つ子どもの育児の大先輩達だ。その仲間達にはハンデキャップのある方もいる。全員明るさ100%で、とにかく楽しい人達。その方々に会えることを毎回楽しみにしているのだ。
この方々に別れを告げ、再会を誓いつつ”LA MAMA”を後にした。(ここまで抱っこ継続2時間40分)

外はすっかり夜の街になっていた。
心地よい疲労感の中、ライブハウスの喧騒を反芻していた。
強がりからくるから騒ぎではない。
何も考えてないバカ騒ぎでもない。
みんな何かを感じてその瞬間にその感覚を共有していることに歓喜していたのだと思う。
余命宣告を受けた時、オレは何を思うのだろうか。いや、人間生まれた瞬間から死に向かって生きているのだ。
「遅かれ早かれみんな死ぬんだぜ。悔いのない生き方をしようぜ。」
まっちゃきさんの言葉はそう聞こえた。

帰りの電車は当然混んでいた。肩の辺りは娘のヨダレでビショビショだ。もちろん抱っこのままだ。行きのお年寄りの一件から、片時も離れようとしない。絆が深まり過ぎたようだ(ここまで抱っこ継続3時間20分)ようやく自宅に辿りついた。
私の右腕はもうほとんど感覚が無くなっていた。(ここまで抱っこ継続3時間45分)
自分の身体をライダースから引きずり出すと、この上ない解放感。
慌ただしく娘の就寝準備をする妻から、「抱っこきつかったでしょ」と珍しく労いを受ける。無用の長物となったベビーカーを運んでいた妻も大変だった筈だ。
「お疲れ様。でも楽しかったね」と腕を摩りながらライブを振り返った。

その様子を若干ワイドになったライダースジャケットが、現在の私の分身のような顔でハンガーから見下ろしていた。

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