「ゆめ工房」は小児の補装具専門という非常にニッチなターゲットで勝負している京都の義肢装具工房だ。
なにしろ”こどものみかた”がスローガンだ。
私たちと同じベクトルを持っていることはすぐにわかった。
「ゆめ工房」代表の”ゆめへい・ゆめこ”こと益川夫妻は”義肢装具士”だ。
一般にメジャーな職業かと問われれば、決して将来なりたい職業ベスト10には入ってこない職業ではある。
しかし、肢体に障害を持つ方々にとってはかけがえのない職業であるのだ。
しかも小児に特化した義肢装具士は稀有の存在だ。
お互いの活動にシンパシーを感じながらも、東京と京都という物理的な距離に阻まれ、かつ新型コロナという厄介な阻害要因のため、永らく接触することができずにいたが、度々発出される緊急事態宣言の狭間に行われた小児補装具のイベント「キッズフェスタ2021」に”ゆめへい”が来場するとの情報をキャッチし、なんとか初対面に漕ぎ着けた。
その模様は以前の記事で書いた通り。
この時、様々な補装具メーカーの方とのコンタクトで忙しい”ゆめへい”が、我が家の娘の足と歩行状況について診てくれることとなった。
娘のインソールは1年ほど前に作ったものだが、成長著しい5歳児だ。現在もジャストかどうかはわからない。
“ゆめへい”は娘の歩行状態をしばらく観察した後、可愛らしい足をこねくり回し、娘の歩行と足の形状を的確に説明してくれた。はんなりとした京都弁で娘の足のウィークポイントをズバズバと指摘する。
現在のインソールも悪くはないが、当時より成長した娘の足にはベストではない箇所もあるとのこと。
「現在の娘さんの足にベストなインソール作りまひょ!」
我々は場所を移動し、インソール製作作戦に突入した。ゆめへいが前日のランニング途中に100円ショップで調達したというお砂場セットを取り出すと、目を輝かせる娘。出張先でのランニングに呆れる私。
“ゆめへい”はお砂場セットの中身のプラスチックのスコップや熊手を慣れた手つきで娘にプレゼントした。
しかしバケツだけは渡さない。それに納得できない娘。プラスチックのバケツを巡って暫し攻防が続く。「ゆめ攻防」なんちゃって。
バケツを死守した”ゆめへい”はどこからともなくそのバケツに水を汲んできた。
娘を座らせ、ふたたび靴下を脱がせる。
先程の攻防で逆らってもダメだと悟った娘はとりあえず大人しくしている。親父の言うことは聞きゃあしないくせに。
しばらく娘の足を触診した後、”ゆめへい”はおもむろにサランラップを取り出し、クルクルとラップを足に巻き始めた。
スポンジに足を押し当てるだけの型取りすらままならない我が娘。足癖の悪さは誰に似たのか、恐ろしい速さで繰り出されるキック&踵落とし。
顔面を蹴り飛ばされた”ゆめへい”への詫びの言葉を探しつつ、トレードマークの丸メガネの弁済を覚悟した。
しかし、足にラップを巻かれる感覚が心地良いのか割と大人しい娘。
お砂場セットのスコップなどで両手が塞がっている為、得意の張り手も封じられている。
“ゆめへい”の作戦勝ちだ。
ラッピングが終わると先程のバケツからビショビショの水硬性のギプス包帯を取り出してラップの上から巻き始め、丁寧に足に密着させていく。
娘も興味深くそれを見ているが、オモチャで両手が塞がっている為、イタズラすることはできない。
ざまあみろ。
数分後、しっかり固まったギプス包帯を慎重に外し見事型取り成功!
盛り上がる大人達を娘がキョトンと見上げていた。
数日後、「ゆめ工房」から宅配便が届いた。
娘のインソールが完成したのだ。
インソールにしては大きく、少し重い段ボール。
インソールが届いたら装着から歩行状態までオンラインでの確認をお願いしていたので、早速「ゆめ工房」とzoomを繋いで開封から装着、歩行の確認を動画で撮影した。
段ボールの重量は娘の足型の石膏モデルが入っていたからだった。
前回型取りした足型に石膏を流し込み、娘の足のコピーを作った後、手作業で理想的な足型に削り出したモノだ。
工房の流し台とおぼしき場所でシャーコシャーコと切削している動画を見たが、実に地味で地道な作業であった。その最中も”ゆめへい”は娘の足の形状や歩行姿勢に思いを巡らせてくれているのだろうと思うと、心底ありがたく、嬉しくなる。
そうしてできた石膏モデルに合わせてこのインソールは作られたのだ。
新しいインソールが気に入ったのか娘ははしゃぎながら狭い部屋を行ったり来たりしている。
タブレット越しに娘の歩行を確認した”ゆめへい”は狙い通りの結果に満足そうにニコニコしている。
たしかに後傾気味だった姿勢は真っ直ぐになり、両足が平行になった。嬉しそうに歩き回る娘を見て「ゆめ工房」に心から感謝した。
しかし、後から動画を見て愕然とした。
タブレットの向こうで終始笑顔の”ゆめへい”
であったが、あれは私のはちきれんばかりのお腹を見て笑っていたのかもしれない。
動画編集のスキルがメキメキ上達している妻に加工を頼むべきだった。
とにかくやってみたいことは全てやるという、ゆめ工房の活動は幅広い。
ランニングが趣味という奇特な人だから、常にランナーズハイな感じで脳内ホルモン出まくってるのだろう。止まってられないのだ。
きっと前世は魚類だと思う。
その活動の全ては「こどものみかた」というキャッチフレーズをバックボーンとしている。
トレードマークの丸メガネも「子どもに威圧感を与えないため」なのだ。
活動のエネルギー源が支援の必要な子ども達の為というところについ、憧れと尊敬が芽生えてしまう。
因みに妻は”ゆめこ”の大ファンである。まだ直接会うことは叶っていないが、妻の理想的なプロポーションだそうだ。
側にいながら”ゆめへい”の熱量に焼かれず、ついていける”ゆめこ”も常人じゃない気がする。
私がランニングを趣味にすることはないだろうし、妻が”ゆめこ”のプロポーションを手に入れることも不可能だが、それ以外は今後も色々お手本にさせていただきたい「ゆめ工房」なのである。
「今回の出張による対面での現状確認及び型取りと、オンラインでのフィッティング確認というテストケースの成功は、補装具事業の地理的な拘束を解く第一歩になるかもしれない。」
我が家のチェストの上を飾っている娘の両足の石膏モデルというシュールなオブジェを眺めながら、「ゆめ工房」のある京都に思いを馳せるのだった。