SACミュージカルカンパニーによるミュージカル『スーホの白い馬』|青春の形

1月21日
地元での地域活動に参加したあと、私は足早に帰路を急いだ。
こども食堂と同時開催のちんまりとした音楽フェスが思いのほか盛り上がり、つい長居してしまったのだ。
この日は夕方から東京都内特別支援学校「表現活動部」「ミュージカル部」の OB・OGによって運営しているSACミュージカルカンパニーによるミュージカル観劇を予定していたのだ。

氷雨の降る寒い日だったが、自宅へと階段を駆け上がった私はびっしょりと汗をかいていた。
こども食堂で貰った丸太のように太い泥付き大根と、みずみずしい小松菜を冷蔵庫に放り込み、着替えを済ませて家を飛び出した。
雨はいつのまにか止んでいたが、汗ばんだ体に寒さが染みる。
暖かい電車に乗り込み、かじかんだ指でフライヤーをめくり公演の場所を確認をする。
「参宮橋より徒歩7分」の文字と現在時刻から充分間に合うことを確認しホッと一息ついた。

実家に程近いにもかかわらず初めて下車する「参宮橋」駅は和テイストな装飾がされた面白い駅だった。
建設業に携わっている身としてはじっくり見てみたいと思ったがそこまでの時間はない。
海外からの観光客に混じって写真を数枚撮って改札口に向かった。

電車の暖房で少しのぼせた頭に外の冷気が心地良い。大きな道路を跨ぐボロい歩道橋を渡るとすぐに国立オリンピック記念青少年総合センターの入口だ。
警備員さんに軽く会釈し、敷地内に入ると風変わりな建物がいくつか見えた。
あいにくの天気と薄暗くなり始めた時間帯にもかかわらず、少なくない人達が歩いている。
案内板を確認して歩みを進めた建物の中は閑散としていた。事前申し込みの際、お昼の公演は完売したと聞いていたのでそれなりの人混みを想定していた私は慌ててフライヤーの日付を確認した。
合っている。日時は間違いない。
だいぶ奥まで歩いて行くとSACの文字の描かれた鮮やかなイエローのTシャツを着た人達が忙しそうに走り回っていた。
私はホッとして受付を探すとまだ開場までだいぶ時間ある。受付の順番はなんと1番。少々早すぎたかもしれない。慌ただしくも楽しそうなスタッフの方々をドアのガラス越しに眺めていると、今回お声がけくださったSACの代表が「お久しぶりです。楽しんでくださいね!」と声を掛けてくれ嬉しかった。
この方とは吉祥寺の雑貨屋さんマジェルカで知り合い、ご縁を持つことができた。こうした人との出会いがCOMUGICOの活動で得られる何よりの喜びだ。
いつのまにか私の後ろには長蛇の列ができていた。
開場になり中に入る。少し歴史を感じる趣きのある小ホールはなかなか立派な舞台だ。客席のあちこちで観客同士が楽しそうに話している。家族や友人、演者の職場仲間達だろう。とてもアットホームな雰囲気だ。
満席を伝えるアナウンスを聞いて隣席の荷物を膝に抱えた。

ベルが鳴り、いよいよ開演だ。
ステージ上に現れた黒い上下に白シャツを羽織ったメンバーの見事なフォーメーションダンスにあっという間に舞台に引き込まれてしまう。
統一感のあるフォーメーションだが一人一人の個性がところどころに出ていて面白い。
ツカミが早く引き込まれた観客から手拍子が湧く。早くも客席と舞台が一体化する。シンメトリーな舞台構成はどの席からも見やすい。
白シャツを脱ぎブラックアウトしたステージでは蓄光の手袋が舞う演出が幻想的だ。
歌唱パートの見事な歌唱力に圧倒される。
物語の導入部でしっかり釘付けになってしまった。30人程の演者が皆楽しそうに演じているのが印象的で次の展開が楽しみでならない。

物語本編が始まった。本格的な衣装を纏った演者達にお遊戯感はない。
学校の部活の延長という先入観があった私はどこか素人っぽい舞台を想像していたのかもしれない。特別支援学校のOBだけで演じているとは信じがたいクオリティに正直面食らった。
ストーリーは中国の楽器「馬頭琴」の由来となった少年と馬の物語だ。
拾ってきた白い仔馬が主人公の羊飼いスーホと心を通わせ成長していく。
吟遊詩人に楽器の手解きを受け牧羊の合間に毎日欠かさず練習するスーホ。
スーホと白い馬はオオカミを追い払ったり、競馬で優勝したりと大活躍。それを見た王様が白い馬をスーホから取り上げるが白い馬はちっとも王様の言うことを聞かない。頭にきた王様は弓矢で射殺してしまえと指示し、弓矢隊の的となった白い馬は息も絶え絶えでスーホの元に帰る。
大好きなスーホとずっと一緒に居たいと願った白い馬は死んだ後に皮や骨、腱を使って楽器を作って欲しいとスーホに伝え息絶える。
悲しみに暮れるスーホに吟遊詩人から楽器となった白い馬が手渡される。
舞台のラストには雲を纏った天使達が現れ白い馬は天に召されていった。
シルエットを効果的に用いたライティング、音楽や歌唱も場面場面にドンピシャで物語にどんどん引き込まれていった。
SACという組織が継続的に発表の場を維持しブラッシュアップし続けていたことをヒシヒシと感じる完成度の高さだった。
初めて出会い、まだ一言も話したことのない演者さんたちを無条件に尊敬している自分がいた。
満員御礼の観衆の前で堂々と楽しく演じていた彼ら全員から「対価を貰って演ずる」というプライドを感じたのだ。
年に一日2公演という多くはない公演だが、それ故に真剣さが磨かれ、研ぎ澄まされた緊張感かあるのだろう。
素晴らしい舞台であった。

健常な子どもの多くは高校卒業後も大学や専門学校などに入学し青春期を延長する。
しかし特別支援学校という進路を選択した場合、高校を卒業した子どもたちの大半は家庭で過ごすか就労支援作業所に通う。
それまでのライフサイクルが突然終わり、その後の進路の選択肢が限定されてしまうのが現状だ。
ハイティーンから20代は本人の人格形成はもとより様々なコミュニティと交わり人脈形成をする大事な時期だ。
青春、思春期、多感な時期、モラトリアム期と色々な言葉があるくらい重要なのだ。
多かれ少なかれ皆この時期に少し道を踏み外したり、いろんな道をウロウロしたりしてその後の人生の糧とするのだ。
SACミュージカルカンパニーの活動は高校での部活動を延長することで子どもたちが仲間と青春時代を継続できる。
達成感を共有し笑顔で称え合う彼らを見て、特別支援学校に通う我が家の娘に思いを重ねた。小学校低学年の娘はまだ部活などには所属していないが、部活をするのであればこうした卒業後も継続できるものがいいなあ。
果たして娘は青春を共有し努力を称え合える友人と出会うことができるだろうか。
夜景を眺めながらそんなことを考えていると電車がトンネルに入った。
真っ暗な車窓に突然映った自分の顔を見て我に返った。
何を言っているのだ。その環境を創るのが親である私の努めじゃないか。

まだ観ていない人は是非観て欲しい。
特に障害児育児に携わっている方に。
完成度の高さに驚くだけでなく、障害児の青春を垣間見ることができ、自身のやるべきことを再認識させてくれるに違いない。私がそうであったように。

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