静岡大学の白井教授に繋いで頂いた”ゆたかカレッジ”との御縁。
今回はその学生さん達が一年を通して取組む論文発表会にお招きいただいた。
前回の記事でも書いたとおり、ゆたかカレッジに興味深々の私は躊躇なくお申し出を受けた。
横浜キャンパスの保土ヶ谷校と戸塚校の論文発表会で審査員をしてほしいとのことであった。
もうすぐ半世紀になるが人生初の”審査員”だ。
以前、早稲田キャンパスの見学で感銘を受けた”ゆたかカレッジ”。
その生徒さん達の様子に触れられる機会にワクワクした気持ちが先立ち、私はまだ審査員の重責に気付いていなかった。
当日、開催場所である神奈川県横浜市のとある駅に降り立った。
相変わらず少し早めに着いてしまい、極寒の中寒さをしのぎ座って休めそうなコーヒーショップを探すが、全く見つからない。
のどかな駅周辺を30分ほどうろつき回るうちに身体が温まってきた。
駅から2分の「岩間市民プラザ」は外壁補修工事のために足場で囲われていて、ホームページに載っている外観写真を頼りに探していた私は通り過ぎてしまった。
4階ホールの会場は想像していた以上に大きい。
ステージには特大のスクリーンが張られ、上手(かみて)に演台が置かれている。
演台直下の席は発表者の保護者が我が子の晴れ舞台をかぶりつきで見られる特等席として用意されている。子どもは緊張が倍増するかもしれないが、親は嬉しさ倍増だろう。とても粋な心遣いだと思う。
発表会直前で関係者の方々は忙しそうだ。
もう少し早めに会場入りすればよかった。無意味に駅周辺を徘徊していた自分が恨めしい。
プログラムと採点用紙を受け取り、簡単な説明を受ける。
なるほど、「発表の内容」と「発表の様子」について複数ある審査基準にそれぞれ1〜5の評定をつけるのだ。
見開きA3の立派なプログラムを開く。
「ちょ、、まてよ!」
キムタクのセリフが、コムタクの脳内に響く。
審査員の欄の一番上に私の名前があるではないか。しかも審査員わずかに3人。
なんとなく10人くらいいる審査員の末席を汚すくらいのつもりでいた私は激しく動揺した。
責任重大である。
プログラムの右側には午前の部28名、午後の部18名の発表者氏名と論文テーマがズラリと並んでいる。圧巻である。めまいがしてきた。
論文テーマは本当に様々で個人個人が興味があることを掘り下げているのがわかる。
「彼らの今日の論文発表を見たまま審査して下さい。製作過程については、別途審査していますので。」
そう言われたものの、以前の見学で一生懸命にパソコンに向き合って練習していた生徒さん達の姿を見ていたので、もう全員オール5にしちゃおうかとの考えが一瞬頭をよぎる。
しかし、それはとても失礼な行為であり、自分の責任を放棄しているだけだと思い留まった。
お昼まで休憩無しのノンストップとのことなので、トイレに行っておこうとロビーに出た。
(実際は何回かトイレ休憩があった)
検温・手指消毒と受付に並ぶ生徒さんと保護者の方々は晴れ舞台にふさわしい服装で生徒さんたちは皆一様に背筋が伸びて見える。
男子はスーツ、女子はシックなワンピースかスーツ。
私はというと普段のくたびれきったスーツにするか、少しカジュアルめのジャケットにするか玄関を出る直前まで悩んで、ジャケットを選択してしまった。審査員も生徒さん達も皆ビシッとキメていたので少し恥ずかしい。
トイレの入口で生徒さんとすれ違う時や手洗いをしている時、皆礼儀正しく「こんにちは」と挨拶をしてくれる。
友人同士や家族とにこやかに話している彼らの姿を見てなんだか嬉しくなった。
司会の女性が発表会の開催をアナウンスすると、客席は瞬時に静かになる。
ピンと張り詰める空気。ドキドキしてきた。
司会の方はプロなのだろうか、よく通るきれいな声で注意事項などを伝えスムーズに進行していく。思わず聞き惚れていると、突然名前を呼ばれた。審査員の紹介だ。
「よ、よろしくお願いします!」
反射的に立ち上がり、しどろもどろで所属・氏名を言うので精一杯であった。
いよいよ論文発表が始まった。
トップバッターの男子が登壇する。
とあるシンポジウムのパネラーとして沢山の参加者を前に立った時のトラウマに近い経験がフラッシュバックした。
そんな自分に重ねて
「頑張れ!」と心の中で叫ぶ。
だが彼はパソコンで作成した資料をスライドさせながらとてもスムーズ自分の発表を終えた。
その後も興味深い発表が続く。身振り手振りを加えてアピールする生徒さん、緊張で思うように解説できない生徒さん、パソコンの不具合で資料が上手く映らない生徒さんは「少々お待ち下さい」と言って冷静に対応していたし、何人かは音楽をかけてより魅力的に発表をしていた。
私自身仕事でパワーポイントを使うことも少なくないが、そんな機能があることすら知らないテクニックを使っている生徒さんも沢山いて正直驚いてしまった。
「球審について」や「修学旅行列車」など沢山のニッチでユニークな内容の発表につい身を乗り出して聞いていると採点用紙への記入が疎かになってしまったりして、5分の制限時間に一番翻弄されたのは私かもしれない。
あっという間に午前の部が終わり、休憩となった。
ロビーに出ると親御さんや支援員さんの労いを受け、はにかみながらも少し得意げな生徒さんたちがいた。
コロナ対策として午前・午後で保土ヶ谷校と戸塚校で生徒と保護者は総入替えである。
「同時開催できれば、いい交流の機会になるのですが。」
とても残念そうに学院長は言っていた。
午後は保土ヶ谷校の発表だ。
再びしどろもどろの挨拶をし、生徒さんたちの発表を見させてもらう。
「教育問題」というシリアスなものや、「山手線徒歩一周」という実行を伴う発表など秀逸な発表はいずれも遜色ない。
演台から客席に向かって発表する姿は皆堂々としている。
発表の後、壇上から大きな声で両親にお礼を言う生徒もいて、思わずウルついてしまった。
採点用紙は記入するとすぐに回収され、集計されていく。
全論文が発表された後、すぐに結果発表となり上位4人が後日開催される本戦に進む。
「折角なので結果発表お願いします。」
と上位4人の名前が書かれたメモを手渡された。採点の大役を終えホッと気を抜いたタイミングであったので、「あ、はい!」と反射的にメモを受け取ってしまった。
“差し出されたものは遠慮なくいただけ”という
浅ましい私の条件反射を恨んだ。
私でいいのか。
何か気の利いた言葉を添えて名前を呼びたかったが、残念ながら私にそんな機能は備わっていなかった。
結果発表と賞状の授与が終わり、司会の方が閉会をアナウンスすると静かだった会場から「え〜!もうお終い?」
と残念そうな声が上がった。
生徒さんの声のようだったが、閉会を惜しむほど楽しく充実した時間であったのは私も同感であった。
私のブログのようにダラダラと際限なく綴るのであれば、自分の好きなことや興味があることを他者に伝えるのはそう難しいことではないかもしれない。
だが、僅か5分の持ち時間でそれを伝えるのはかなりの難易度だ。
自分の好きなことであればなおさらである。
自身でテーマを選び時間をかけて調べ上げ、論文としてまとめ、第三者に向けて発表する。このカリキュラムがどれほど生徒の社会性を高めることにプラスになっているか想像に難くない。
採点をするという行為におこがましさを感じながら参加させて頂いた発表会であったが、発表を終えた生徒たちの晴れがましい姿を見て、改めて以前長谷川学長が言っていた「折れない心」は着実に育まれていることを感じた。
もっと横浜キャンパスの方々とお話ししたいと思ったが、残念ながら所用のためタイムアップ。片付けなどをお手伝いできないことを心の中で詫びながら会場を後にした。
心地よい疲労感を感じながら、娘を保育園へお迎えに行った。(所用?)
娘はとても人懐っこいが、まだ話すことができない。部屋ではお友達とのコミュニケーションがままならず癇癪を起こしていた。
そんな娘を見てふと思った。
もし可能であるならば論文発表のチーム戦も観てみたい。
彼ら同士で共通のテーマを決め研鑽する研究発表は高いハードルだろうか。いや、そんなことはないだろう。
互いに助け合い協業する経験や、ぶつかり合いいがみ合う経験もきっと「折れない心」をさらにしなやかに強くするのではないだろうか。
社会に出てからは圧倒的に他者との関わりが増え、考えがぶつかり合うことなど日常茶飯事なのだ。。。
職員さん、支援員さんの苦労を知らない第三者の私が勝手な妄想を繰り広げているのを悔し涙を浮かべ脚にしがみついた娘が不思議そうに見上げていた。