私の住む町にはマレ君というヒーローがいる。
我が家の娘と同じダウン症を持っているヒーローの必殺技は笑顔である。
SNSで見せるその屈託のない必殺技は、見る者の邪気を祓い、悪意や悲しみなど負の気持ちを瞬時に消滅させる。
SNSでしばしばアップされるマレ君の創作活動をいつも楽しみにしていたが、ついに個展を開くという。
「マレ展」 あーやっちゃった
数ヶ月前の告知から楽しみで仕方なかった。
佐々木希(ささきまれ)初のアート展を東京都調布市仙川町で開催します! 「あーやっちゃった」って言われそうなものに自由に描いてみました 色とりどり、豊かな世界を一緒に感じてみませんか? この場所で出会い、つながり、共に歩む色とりどり豊かな世界 希望ある未来に、願いを込めて開催い...
週末3日間の開催期間の初日の閉店1時間前に「マレ展」にお邪魔した。
土日は混むだろうし、なにより早く見たいという気持ちがはやり、仕事終わりに娘をピックアップしてムギコと共に会場のカフェギャラリー「POSTO」に向かうことにした。
空腹なのか少しご機嫌斜めの娘。
「ラーメン食べいこ!」
好物をダシに娘をタクシーに押し込む。
時間通りに来なかったタクシーに不機嫌になりつつあるムギコ。
不機嫌ガール1人でも相当手を焼くのに、ガールズが結成されると非常に困る。
15分ほどで目的地近くに到着した。
完全に灯った駅前の明かりを背にタクシーが交差点を曲がる。夕方と夜の間、濃紺の夜空を建物のシルエットが黒々と切り取っているなかに柔らかな光りが漏れる「POSTO」はあった。
少し手前で降車すると不機嫌なムギコがタクシーのドアを中段蹴りで閉め、走り去るタクシーに中指をたてていた。(ウソ)
私は娘の手を引き、ムギコから逃れるように「POSTO」に向かった。
外の壁は薄めのイエローを基調としていて、木材の素地を活かした建具類がアクセントになっている。スポットライトの光が黄色い外壁に反射して柔らかい雰囲気を醸している。
入口には”39″の文字型の風船と顔はめパネルと思しきオブジェ。手書きの「まれてん」の看板が並ぶ。
前日の準備と初日の来場者対応で疲労困憊しているだろうと想像していたが、マキさん(マレママ)はそんな素振りも見せずに歓迎してくれた。
マレ君本人とパパさんは残念ながら少し前に帰宅したとのこと。そりゃそうだ、疲れ果てただろう。明日、明後日は土日だし来場者が押し寄せるに決まってるのだ。体力の回復を最優先すべきだ。
「すごーい!すてきー!」
展示作品を見てるムギコが嬌声を上げている。
娘は壁一面の作品群中のキリンフェイスを目を輝かせて見上げていた。
展示スペースの一角にあるちゃぶ台にはマレパパの造形作品もちゃっかり展示されている。
10代の頃、マキさんが付き合うことを拒み続けたというコワモテ髭面の大男の作品とは思えない、カラフルでキュートな作品の数々。彼のイラストは是非絵本で出版して欲しい。
先程までの不機嫌ガールズは別人のようにキラキラした瞳で作品を眺め、ニコニコとマレママとおしゃべりをしている。まるでツキモノが落ちたようだ。
マレ君の必殺技は作品からも照射され続けているらしい。
前衛的な芸術を理解できるほど感性が豊かでない私だが、マレ君のあの笑顔でこの作品を作ったのだと思うだけで頬が緩んでしまう。
必殺技を乱発し、周囲に様々な影響を与えているマレ君。最も影響を受けているのはご両親に違いない。マキさんは文才が開花し、書いた本が素晴らしい賞を受賞したし、マレパパもアーティスト魂に火がつき、活発に創作活動を行っている。
昨年プレゼントで頂いたマレパパ作の「コムギコ像」は我が家の家宝としてピアノの上に鎮座している。
いとまを告げ、「POSTO」の入口からギャラリー全体を眺めて思った。
展示物一つ一つだけでなく、楽しさと幸せだけで構成されたこの空間が、マレファミリーが作り上げた「マレ展」という作品なのだ。
マレ君の作品と両親の行動力、ファミリーの感性全てがハッピーなエナジーを紡ぎ強烈に放出されている。
この作品はマレ君の成長や展示物の種類、その時の来場者によって様々にカタチを変え、その都度完成する言わば無限に完成形がある芸術作品なのかもしれない。
扉のところで手を振るマキさんに手を振り返しながら、まるでサグラダ・ファミリアのように成長を続けていくであろう芸術作品を私は少し羨ましく感じていた。
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