ルポ「命の選別」誰が弱者を切り捨てるのか?

ある日郵便が届いた。
廃品回収やデリバリーピザの広告、クレジットカードの請求書以外の郵便物が届くことは珍しい。
一瞬、ほかの部屋のポストを開けてしまったかな?と思ったが間違いなく我が家の部屋番号だ。その郵便物はなかなかの厚みのあるものだった。

「やれやれ、奴めネットでまた何かポチッたな」

薄暗いマンションの集合ポストから郵便物を取り出し、送り主も確認せずに部屋へ入る。

「何か届きましたよ」

咎めるつもりは無いのだが、本人は何か後ろめたい事でもあるのか、
「え、何も買ってないけど」
などと目を泳がせながらトボけている。まぁいい。開封すれば判ることだ。
そこであることに気付いた。あれ、宛名が私宛てだ。送り主を確認すると個人名である。
ネットオークションやネットフリマは大好きだが、最近ポチッた記憶はない。

「俺宛てだった・・・」

攻守逆転。

「何買ったのかな~?」

ニヤけながら問い詰めてきた。
その時、送り主の名前にピンときた。

「千葉さんからだ!」

千葉さんとの出逢い

以前、とあるシンポジウムでダウン症の育児について父親の立場でお話しをさせていただく機会があり、その時の話を聞いて取材をしてくださった記者の”千葉さん”からの郵便だった。
封を開けるとかなり分厚いA5判の本が入っていた。
“ルポ「命の選別」誰が弱者を切り捨てるのか?”
毎日新聞のキャンペーン報道「優生社会を問う」をベースに、担当した2人の記者が書き下ろしたものだ。

謹呈の添書きと共に新生児のシルエットが描かれた表紙。
真新しいインクの匂いのする本の帯には”妊婦の不安を煽る出生前診断ビジネス” “障害の重いわが子の治療を拒否する親たち” “相模原殺傷事件” 、、、ショッキングな文字が目に飛び込んできた。

思わず唾を呑み込む。

千葉さんが我が家に取材に来たのは2019年5月。
事前のメールのやり取りで感じた通り、穏やかで落ち着いた雰囲気の誠実な方だった。
取材どころか、人との会話がそもそもあまり得意でない我々の支離滅裂な話をしっかり聞いて、正確な新聞記事にしてくれたのだ。
“優生社会を問う”をテーマにした毎日新聞のキャンペーン記事の一環として取材を受けた認識はあったが本として出版されていたのだ。

現場取材を元に、俯瞰的に大局を捉えつつ、個別の事案を掘り下げた内容は読み応え満点だった。
「ネットでなんでも調べりゃいい。」
ネット検索で何か解ったような気になってしまいがちな現在だが、本書には現場取材でしか得られない生々しさが溢れている。
ニュートラルな立ち位置で書かれたものは、フニャフニャしていて最終的に読み手に委ねる無責任な事象の羅列になりがちだが、本書のスタンスは明確に「優生社会を問う」ことに立脚しており、その上で様々な角度から切り込んでいる。
その切り込みかたは鋭く、深々と骨まで達するほどだ。
千葉さん達が長期に渡る取材を行い、作り上げた同書を私如きがかいつまんで説明することなどできるわけがないのだが、頑張って感想を書いてみたいと思う。

千葉さんと新聞掲載の写真を確認するムスメ

この感想はあくまでも私個人のものであることをご了承いただきたい。

第一章 妊婦相手「不安ビジネス」の正体

新型出生前診断拡大の裏側

お手軽に染色体を検査する方法”NIPT”についての章だ。出産という一大事に不安を持たない女性はいない。その不安に付け込んだとも思える”NIPT”ビジネス。
「妊婦のニーズ」を盾になし崩し的に命を選ぶ社会に向かう事を憂いている。
そして次々と新たな不安を生み出しては取り除くという際限のない「ニーズ」
この章を読み終えたとき、社会全体が優生思想の扉に手を掛けたような気配を感じゾクっとした。
章の最後あたりに我が家のことにも触れていて少し照れくさかった。

第二章 障害者拒み

「地価が下がる」施設反対を叫ぶ地域住民

正直頭にくる章だ。少し前に港区青山に児童相談所を作ることについて説明会で反対住民が怒号を上げるニュースがあった。
我が家の娘を養子に迎える時や障害手帳について児童相談所と連携が必須だったこともあり、割と身近に感じている施設だ。
児童相談所に関わる子どもに共通するのは”支援を必要としている”こと。
いい大人がそれを遠ざけることをまるで正義・正論のごとく声を荒げて叫んでいるのを見て反吐がでる思いをしたことを思い出した。
全く同じことが障害者福祉施設についてもあったのだ。
ムカムカしながら読み進めるうちに施設建設に奔走する方々や協力する人を応援し尊敬する自分がいた。
街を離れた場所に障害者福祉施設がありがちな背景と社会から遠ざける(遠ざからざるをえない)ことによって起こる無理解の連鎖の構図が見えてくる。
「住宅街にデイサービスを作りたかったんだ。」
NPO法人ハイテンションの代表”かしわ哲”さんの声が蘇る。
この章ではさらに障害者福祉施設の投資法目的での設立という問題にまで踏み込んで取材されている。身悶えするほどの不快感を覚えてしまう。

だが、章の最後は、とある施設と地域住民の融和で締め括られ後味は悪くなかった。
社会福祉施設に反対する地域住民の怒号をセンセーショナルに報道した後の帰結、その後はなぜか報じないメディアにも疑問を持った。
問題が起こったことより、どう解決したかの方が遥かに大事だと思うのだが。

第三章 見捨てられる命

社会的入院、治療拒否される子ども達

障害を持つ子どもを病院に押し付け、ろくに面会にも来ない親の話から始まる。
退院できない理由も経済的な理由や虐待の危惧など様々だ。
こういう親の心理は父親である私は全く理解できないし、共感もできない。
しかし子どもに障害があるとわかり、目の前が真っ暗になるいわゆる”暗黒期”を経験する親は珍しくない。というより大体そうなるらしい。
以前、COMUGICO記事でも紹介した重度心身障害の子どもを持つお母さんの書いた本(重症児ガール [ ママとピョンちゃんのきのう きょう あした ])に


“それ(子どもを愛せないの)は障がいを持った子どもを受容できないのではなく、子どもに愛情を持つことができない自分に驚き「こんなはずじゃない。この子に障がいがあるから愛せないのだ」と思ってしまうこと”
とあったのを思い出した。

この章では養子縁組や里親制度についても深く言及しており、その拡充も課題なのだ。
また、新生児の障害や病気の程度でクラス分けをして治癒する可能性が低いクラスは積極的な治療は行わないというガイドラインがかつてあったことに愕然とした。
私の息子は3か月で空に帰ってしまったが、もしそのガイドラインに従って彼が積極的な治療をしてもらえてなかったとしたなら、私は病院を絶対に許さない。
命の長さ=価値では無い。断じて。
3カ月間で彼が私達に与えた影響は絶大だ。
育児放棄した親や虐待する親には定期的・強制的にオキシトシン(愛情ホルモン)を注射すればよいと思う私は過激だろうか。

第四章 構図重なる先端技術

ゲノム編集の遺伝子改変どこまで

親の遺伝子変異が原因で子どもに障害が出てしまう事案について、ゲノム編集という先端技術によって遺伝子を修復することで子どもの障害を予防できることについて書かれている。
かなり専門的なテクノロジーの話だが、全く知識の無い私にも理解できるようにわかりやすく解説されており、「進化の過程を変える」まさに神の領域を侵すタブーに障害のある子どもの親・開発者や研究者・医学界、また諸外国の状況など多角的な視点からアプローチしている。
「子どもの病気を治したい」親の切実な願いはタブーなど意に返さない。その気持ちは痛いほどわかる。
しかし障害を取り除いたり、予防するその延長線上には、より優秀な遺伝子を求めてエスカレートしていく可能性がある事を憂いている。

第五章 「命の線引き」基準を決める議論

受精卵診断の対象拡大

「重篤な遺伝性疾患」のある受精卵を選別することの是非について、また選別の基準である”重篤”の基準や解釈についての議論の変遷が記述されている。
出生前診断にくらべ受精卵の段階での選別は「罪悪感」が希薄である。
大多数の健常な人が規定した曖昧な基準で「命の線引き」をし、ふるいにかけることは
現在「重篤な遺伝性疾患」をもつ人々を否定することになりかねないことを忘れてはならない。
当然と言えば当然だが、出生前診断や遺伝子操作、着床前診断について生まれてくる子どもの立場や視点で語られることはない。全ての議論はもう生まれた連中によって一方的に語られる。
でも私が真の当事者である受精卵や胎児の立場になったと仮定して思うことは、「障害を持って産まれる自由はないのか?」だ。

第六章 誰が相模原殺傷事件を生んだのか

人里離れた入所施設

津久井やまゆり園での大量殺傷事件について、日本における入所施設の歴史と現状から考察している。
都市部や住宅街から離れた立地に多くの施設が存在している背景、閉鎖的な施設の実情を多くの事例を挙げ分析している。
当時メディアで犯人についての報道は数多くあったが、元施設職員であった犯人が犯行に至った動機や経緯を掘り下げたものはあまりなかったような気がする。犯人が犯行に至った思考の根幹に福祉施設の現状にその一端があるのではないか。
「被害者」とされている福祉施設が実は障害者を「不幸しか生まない存在」とする犯行動機を醸成したのではないのか。
この痛ましい事件を教訓として第二、第三のやまゆり園事件が起こらないよう、現状の福祉施設における問題点に警鐘を鳴らしている。

第七章 「優生社会」化の先に

誰もが新たな差別の対象

新型コロナウィルスの蔓延による医療崩壊を防ぐためのトリアージとして治療の優先順位をつけざるを得なくなったいう理由で「優生思想」がするりと社会的なコンセンサスを得てしまいそうな危うさを感じる。
ここで優生思想に到る前段で「生産性」の有無という考えについて記される。

私はそもそも生産性という言葉が好きになれない。
特に人間に対して使われることに、非常に嫌悪感を覚える。
とある政治家が放った「LGBTには生産性が無い」と言った言葉。
私は普段そのような意見、見解は無視するようにしている。相手にする気にならないからだ。
はっきり言って人間に生産性など元々無いのだ。人間は基本的にメシ食って、クソして寝るだけだ。
金持ちは美味いメシ食って、いい寝床で寝る。貧乏人はマズイ飯とせんべい布団でねるのだ。
違いが無いのはどんな人間も、クサイクソをすることだ。全ての人間はクソ製造機に過ぎない。
クソ製造機が生産性を語ることが、ちゃんちゃらおかしい。相手にする気にならない理由だ。
生産性を出産とするなら、LGBTだけでなく、大多数の男も生産性がない。出産可能な女性の数パーセントの男性だけで、子作りは可能だからだ。閉経を迎えた女性や、病気で妊娠できない女性も生産性がない。
養鶏場の光景が見えてきた。
この発言はLGBTを否定しただけでなく、本人を含めた世の中の大半を否定した事に気づいていないのか。
すみません。ちょっと思考がヒートアップしました。

終章 なぜ「優生社会」化が進むのか

最後にこのルポについての総括がされている。
特に印象深かったのは新型コロナウィルスによる社会の変化について、障害者がずっと前から声を上げて訴えていたことが、社会全体が不自由な生活を強いられ始めたとたんに改革・改善されたこと。
やればできるのにやろうとしなかった。
やはりマイノリティの声は届かなかったのか、それとも無視されていたのだろうか。
新型コロナウィルスが収束し元の世の中に戻った後で「不自由を強いられる人々」のみが取り残されることを憂いてもいる。
しかし私は新型コロナウィルスの猛威によって変わった社会の仕組みはそう簡単には戻らないと思う。この変化を”災い転じて福となす”叡智を人類は持っているはずだ。そう信じたい。

出生前診断の是非は正直、重く難しい話だ。
判断の難しい議論を「難しい」で片付けるのは大嫌いなのだが、このテーマになるとなかなか客観視できない。
障害を持つ子どもを育児している当事者だから当然だ。
また、私を含め障害を持つ近親者がいる人でも時に障害の種類や年齢、度合いで近視眼的になってしまう。大局が見えないのだ。
当事者の訴えは時にヒステリックになったり、悲観的になり過ぎ、ますます一般社会との隔たりを助長してしまう場合もある。
障害を持つ人が身近に居ない人はそもそも他人事で無関心な人が大勢だ。

「ルポ・命の選別」は冷静かつ客観的な視点で障害や福祉を取り上げ、社会に一石を投じてくれた。

ルポ=ルポルタージュ
漠然と”取材”と認識していたがWikipediaで調べてみたら下記の記述があった。

“事件や社会問題などを題材に、綿密な取材を通して事実を客観的に叙述する文学の一ジャンル。報告文学や記録文学とも呼ばれる。ルポルタージュを執筆する者は、ルポライターと呼ばれる。”

障害のある人、健常な人、全ての人に是非読んで頂きたい。
読み応えのある骨太な本書にごく僅かでも関わることができたことを心の底から感謝している。

書籍概要

ルポ「命の選別」 誰が弱者を切り捨てるのか?
著 者:千葉紀和 上東麻子
定 価:本体1,700円+税
発売日:2020年11月30日
ジャンル:ノンフィクション
ページ数:328ページ
判型・造本・装丁 四六判 軽装 並製カバー装
初版奥付日:2020年11月30日
ISBN:978-4-16-391304-9

目次
第1章 妊婦相手「不安ビジネス」の正体 新型出生前診断拡大の裏側
第2章 障害者拒み「地価が下がる」 施設反対を叫ぶ地域住民
第3章 見捨てられる命 社会的入院、治療拒否される子どもたち
第4章 構図重なる先端技術 ゲノム編集の遺伝子改変どこまで
第5章 「命の線引き」基準を決める議論 受精卵診断の対象拡大
第6章 誰が相模原殺傷事件を生んだのか 人里離れた入所施設
第7章 「優生社会」化の先に 誰もが新たな差別の対象
終 章 なぜ「優生社会」化が進むのか 他人事ではない時代に


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