クロスオーバーする笑顔|東京都調布市「まごじば」

子ども食堂には以前から興味があったが、なかなかアプローチできずにいた。
とあるきっかけで地元の社会福祉活動計画に参加することになり、そこで知り合ったマイさんがまさに子ども食堂「まごじば」を始動させるタイミングであった。

「まごじば」はその名のごとく孫とジジイババア世代のクロスオーバーを狙った地域交流の場である。
貧困などの家庭環境による子どものセイフティネットを主眼にしてはいないが、地域交流が活発になることによって「支援を必要とする子ども」を発見する機会になるかもしれない。
遊びに来ないかというマイさんのお誘いを喜んでお受けすることに決めた。
何事も第一回目というのは様々な障壁や手続きなど全て初めてのことで大変なはずだが、ニコニコと熱っぽく「まごじば」を語る彼女はどうやらそういった諸問題を楽しみに変える酵素か何かを持っているようだ。

当日何かお手伝いするつもりではいたが、私は基本的にただの一参加者という責任のない気楽な立場である。しかもメニューは大好物のカレーライスだという。
私にできる唯一の準備として、二週間前からカレー断ちを行い、ドキドキワクワクしながら当日に備えることにした。

それは「まごじば」の三日前であった。夕方から少し熱っぽかったが、夜になって更に熱が上がったのを感じ体温を測るとまさかの38.9度。カレー断ちの副作用が出たのだろうか。
翌朝少し熱は下がっていたがまだ38度近くある。とりあえずかかりつけの内科に見てもらう。
「せんせー、カレー断ちして発熱したのですがスパイス不足でしょうか?」
「ちょっと検査しましょう。あ、コロナですね。インフルエンザではありません。お大事に。」

というわけで第一回目の「まごじば」は新型コロナウィルス罹患のために参加することができなかった。残念。トホホ。

それから2か月後の第二回には無事参加することができた。
事前予約で大人1人子ども1人で申込んでいたので、娘と二人で出かけることにした。
ムギコも参加したがっていたのだが、当日はガン治療の経過観察のため通院の予定であった。
自転車で向かったのは4月頃には境内の藤棚が見事な花を咲かせることで有名な国領神社。目の前の国道から一歩中へ踏み入れるだけで神社特有のピンとした空気を感じる。
社務所の入口に「まごじば」ののぼり旗が見えて案内のボランティアさんがこちらに手を振っていた。
「おじゃましまーす」
入り口で靴を脱いでいると
「あ!いらっしゃい!上がって上がって!」
と声がした。
カンガルーの被り物をしてマスクまでつけているので一瞬誰かわからなかったが、マイさんだ。

お年寄りや子どもには厳しい急角度の階段で二階に上がるとかなりの盛況ぶりで空席を探すのに手間取るほどであった。6〜70人はいただろう。
前回はカレーだったが今回はおにぎりと豚汁だ。
着席するとすかさずボランティアさんがおにぎりと豚汁を持ってきてくれ、
「たくさんおかわりしてね!」
と嬉しい言葉をかけてくれる。
押し型で整形されたおにぎりが透明なプラスチック容器の中で行儀よく並んでおり、横に鰹節と昆布の佃煮が添えてある。
美味しそうに湯気を立てている豚汁はかなり具沢山だ。大根・人参・蒟蒻・牛蒡・馬鈴薯そして豚肉。この量の野菜の皮剥きをするだけで大変だっただろう。
少ない人数の家族構成では種類の多い食材を使う料理は作りずらいのだ。
具沢山のカレーや豚汁など作ろうものなら何故か大鍋いっぱいにできてしまう。そして二日目くらいには飽きた家族は見向きもしなくなり、三日目以降は作った本人が必死に残り物を食べ続けることになる。
一生懸命作ったのに!多数派のために甘口にしたのに!なんなんだよ!もうカレーなんて作るもんか!となるのが関の山なのだ。
だから我が家はカレーといえばレトルトと決めているし、豚汁は作らない。
豚汁の器を持ち上げ、湯気を吸い込む。様々な野菜と味噌の香りが鼻腔をくすぐる。
器を揺らすと表面に浮かぶ丸い油が楽しげに揺れ食欲を掻き立てる。豚肉は細切れだろう。個人的には豚はバラ肉が好きだが、豚汁には不向きだ。表面に層ができるほど脂っこい豚汁になってしまうからだ。
テーブルの向かい側では大学生のボランティアさんがおばあちゃんと楽しく話している。
話しが噛み合うかどうかは別にして楽しそうではある。
給仕をしているおばあちゃんが、
「おむすびの付け合せは豚汁の出汁を取ったダシガラで作ったのよ」
と説明してくれた。
ダシガラで佃煮を作ることは今風に言えばSDGsなのだろうが、そんな言葉が流行る遥か前から日常で実践されていたのだ。
SDGsがなんだか陳腐なものに感じてしまう。
テーブルのあちこちで初対面同士の人がニコニコと話しながらおにぎりを食べているのを見て、私も隣の小学生男子に話しかけてみるが、あからさまに警戒されてしまった。トホホ。

食事を終えても会話が盛り上がっていてなかなか席が空かず空席待ちの人がでそうだった。
そんな気配を察した人が次の人に席を譲ったり、席を詰めたりしている。
「空気を読む、察する、慮る」に溢れた実に和やかな空間であった。
偏食の激しい少食の娘もおにぎりと豚汁をペロリと完食し、私は豚汁を2回おかわりした。
膨らみ切ったお腹をさすりながら辺りを見回すと豚汁の鍋がある上座の壁に協賛する団体や個人の名前が多数張り出されていた。
まだ二回目の「まごじば」にかくも沢山の協賛を得ていることに驚いた。

この沢山のバックアップは間違いなくマイさんの行動力の賜物だろう。
マイさんとはまだ知り合って間もなく、数えるほどしか会っていないが、非常にパワフルでアクティブ、明るく社交的な人である。簡単に言うとムギコの真逆だ。
物事に真正面から突っ込んでいくさまはまさに猪を彷彿させる。
そして周りを知らず知らずのうちに巻き込んでいくのだ。いや巻き込まれたくなってしまうのかもしれない。
性格が真逆のムギコがいつの間にか仲の良い友人になっているのが不思議で仕方ない。

唯一残念だったのは同時開催の予定であった「理科実験教室」が講師のコロナ感染により中止になってしまったことだ。学外で地域の子どもが学年を問わず集まる機会は貴重だ。
是非リベンジしてほしい。「実験」という単語にワクワクするのは老若男女共通の条件反射みたいなものなのだ。
支援学校に通う娘が地元の友人を作るチャンスでもある。
また、食事を終えた人達がそのまま帰ってしまうのは実にもったいないと感じた。もちろんマイさんもそんなことは百も承知であろう。実際今後の企画には食事だけでない継続的な交流機会を準備しているという。

はち切れんばかりになったお腹がペダルを漕ぐ脚の邪魔になるのを感じながら家路を急いでいたが、「公園行こう!公園行きたい!」と執拗且つ思い切り背中を連打する娘。私は仕方なしに公園に寄ることにした。
そこには先程まで「まごじば」にいた男の子2人が遊んでいた。
彼らも娘に見覚えがあったようでチラチラとこちらを見ている。
嬌声上げながら遊具走り寄る娘が、2人と遊び始めるのに時間はかからなかった。
ゲラゲラと笑いながらリオ語で話す娘に、彼らは「何年生?何言ってるかわかんねーよ」などと忖度無しに付き合ってくれている。
3人が乗る回転遊具の動力となった私は回すたびに顔前を通過する子ども達の笑顔に心の底から湧き出す喜びを感じるのだった。

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