「ゆたかカレッジの見学に行きませんか?」ある日、静岡大学の白井教授からメッセージを頂いた。
白井教授は”家族社会学””医療社会学”について教鞭を取っており、社会的養護が必要な子ども(養子や里親の制度)の権威だ。
大学教授という肩書きについ身構えてしまうが、良い意味で大学教授っぽくない、実に暖かくフレンドリーな方だ。
見学予定日は平日だったが、かなり事前にお誘いいただいたのでスケジュールは無事調整できた。
ホームページを覗いたり、COMUGICOで質問を募ったりしてワクワクしながらその日を待った。
私がもとより疑問に思っていたこと。
児童養護施設や支援学校に通う、支援の必要な子どもたちは18歳になると突然社会に放り出される。
多くの一般的な子どもは高校を卒業した後、親からの支援を受けて大学や短大、専門学校などへ通う。もちろん就職する人もいるだろうが、選択肢の幅が全然違うのだ。
18〜22歳、少年少女から青年に移行する、いわゆる「青春ど真ん中」のこの期間は人格形成される大切な時間だと思う。
障害を持つ子どもたちは概ね発達が遅い。
18歳といっても、精神的発達はずっと低い。小学生くらいの子も多いだろう。
その子どもたちに突然「就労」か否かの選択を迫る現状は全くナンセンスだと思う。
養護施設に居る子ども達は18歳になると擬似的にでも”家庭”であった「施設」からも放り出されてしまう。その孤独感は想像を絶する。養護施設についてはまた別の機会に触れたいと思うが、とにかく現在の障害者教育については多くの疑問を感じていたのだ。
そんな時に受けた白井教授の誘い。実はそれまでゆたかカレッジの存在を知らずにいた。
ゆたかカレッジのホームページを覗いた時、思わず声が出てしまった。
「スゴいこれ!これだよ!本当に必要な支援は!」
電車の中だったので他の乗客に変な目で見られてしまったが、そんなことは少しも気にならないほど興奮してしまった。
待ちに待った見学当日。会場である高田馬場には1時間も早く着いてしまった。
学生街として有名なこの地に来るのは久しぶりだった。数十年前に入り浸っていた雀荘はもう無くなっていた。
コンビニで昼食のおにぎりとペットボトルのコーヒーを買い求た。暖かいペットボトルのコーヒーを飲みながら神田川沿いの道端で手摺にもたれて手帳に記した質問事項を確認した。
今回の見学にあたり事前にCOMUGICOのInstagramで質問を募ったのだ。
*質問及び回答は最後にあります。
神田川の川面が穏やかな冬の日差しをキラキラ反射させるのを見ながら、質問の一つ一つに保護者の期待と希望を感じた。
さて、そろそろ時間だ。気づけば早足になってしまう気持ちを抑えつつ集合場所に向かった。
キャンパスのある建物のエレベーターを降りるとそこはもうキャンパスの中であった。丁度休み時間なのかハイティーンの子ども達が通路を移動したり、友人と話したりしている。
今日の見学は総勢5名のはずだが、それらしき人は見当たらない。集合場所を間違えたか?
時間を確認するとやはり少し早かった。
訝しげな生徒たちの視線を意識しながらも
「こんにちは〜。ごめんくださーい!」
と挨拶をする。
ほどなく事務室から担当のかたが現れ
「見学の方ですか?伺っています。どうぞ、教室で見学しながらお待ち下さい」
と奥へ案内してくれた。
私は学習塾に通ったことがないのだが、きっとこんな感じなのかもしれない。
“キャンパス”の響きからは少し掛け離れた広くはないビルのフロアにパーティションで区切られた教室が2つと事務室がある。
教室の中には一つ一つ飛沫防止の透明なパネルの立てられた机が15席ほど並んでいる。
思い思いに休み時間をすごす生徒たち。
こちらに気づいた生徒は口々に
「こんにちは!」
と挨拶をしてくれる。パネル越しに大好きな鉄道について論議を交わしている男子や、積極的に次の授業の準備を手伝っている生徒もいる。
やがて授業が始まると皆きちんと席に着いた。
授業はクイズとビンゴを掛け合わせたような面白い内容だった。
先生が「都道府県」というお題を出すと、生徒は配られた小さな紙のマス目に思いついた県や好きな県を書いて埋めていく。
全員書き終えた後、先生が特産品や名所、県庁所在地などのヒントを上げていき、わかった生徒が挙手して都道府県を当てる。
その都道府県を書いていた生徒は紙にチェックを入れ、一例全てチェックが入るとビンゴだ。
思わず参加したくなるほど楽しい授業であった。
生徒同士もコミュニケートしながら盛り上がっている。
「都道府県」だけでなく、「国」バージョンもあるらしい。「花」や「魚」でもできそうだ。
もう一つの教室では皆パソコンに向い各自何やらぶつぶつ喋っている。
一瞬ビックリするが、これもちゃんとしたカリキュラムだ。一年がかりで自分の好きなことや興味があることをパソコンを使って調べ上げ、パワーポイントで資料を作成してプレゼンを競う。発表を間近に控え、制限時間内に発表できるかを各々資料を音読しながらタイムを測っているのだ。
聞いているとかなりマニアックな内容で、思わず引き込まれてしまう。
ある生徒の練習に耳をそばだてるとダイハツのハイゼットというかなりニッチなテーマで、その軽自動車の歴史やラインナップ、カラーバリエーションについての発表は、発表者の思い入れをものすごく感じる。ダイハツの開発者に聴かせたら泣いて喜びそうだ。
このプレゼン大会はカレッジの学びの集大成として生徒たちの大きなモチベーションとなっているという。
その後、近所にもう2箇所あるキャンパスを見学した。
入学したての生徒がいない時期ということもあるだろうが、どのキャンパスでも生徒が騒いでいたり、先生が大きな声を出したりしておらず、穏やかな時間が流れていた。
長谷川学長とのミーティングは2つ目のキャンパスで行われた。
アポイントを入れての訪問ではあるが、5人も押し掛けてきて質問攻めは迷惑なんじゃないかな、、。と少し思ったが、学長はにこやかに対応してくれた。
“学長”の肩書きのせいもあるかもしれないが、やはり只者ではないオーラを感じる。
HPでプロフィールや志を知っていたため、多少フィルターがかかっている可能性もあるが、穏やかな物腰の裏には揺るぎない信念を感じる。
ゆたかカレッジを立ち上げた理由に根差しているのかもしれない。
長谷川学長は最初ご自身の障害を持つ娘のためにゆたかカレッジを立ち上げたのだ。
事前に質問状を送ったわけでもないのに、こちらの質問には全て淀みなく回答してくれ、必ずプラスαの情報を添えてくれる。
また、具体的な事例を示す際にはその生徒を思い浮かべながら話しをしていることが窺え、生徒一人一人に対する愛情を感じる。
カレッジでは「社会性」「コミュニケーション能力」「感情コントロール」「学ぶ意欲」を獲得し、最終的に「折れない心」の形成を目的としている。
全てのカリキュラムは「折れない心」を手に入れ、卒業後の人生をより豊かにするためのものなのだ。
もう、ぐうの音も出ない。私の中のモヤモヤがすーっと晴れていくのを感じる。
唯一、長谷川学長が悔しそうに語っていたのは、都会のキャンパスでは立地などの諸条件により、医療ケア児や他害自傷傾向のある子どもを受け入れできないことについてであった。
印象深かったことの一つは一般企業に就職が決まった後のフォローを含めた卒業後についてだ。
就職が決まり社会に送り出してサヨウナラではない。定着支援の企業訪問はもちろん、同窓会などを定期的に行い、卒業生同士のコミュニケーションをはかりモチベーションを維持する手助けもしている。
社会と繋がるすべを教えるだけでなく、こぼれ落ちてしまわぬよう卒業後も見守っているのだ。万が一就職先を辞めてしまったとしても、ゆたかカレッジはしっかり再チャレンジのフォローをしてくれる。
「カレッジとの繋がりは一生続きます。たまに卒業生が遊びに来てくれるんです。」
そう話す長谷川学長はとても嬉しそうだった。
私個人は就労はゴールではないと考えている。
もちろん仕事そのものが生き甲斐になるに越したことはないが、ほとんどの人にとって仕事は生計を立てるための手段であり、目的ではないはずだ。
旅行が好きな人は旅行に行くためにお金を稼ぐし、クルマ好きはそのために給料を使う。美味しいものが大好きな人は食事にお金が必要だ。
高校を卒業してから就職するまでの期間は、目的を見つけるための期間だとも思う。
モラトリアムという言葉はいい意味で使われる事は少ないが、多くの若者にとって必要な時間ではなかろうか。もちろん支援を必要とする若者も例外ではない。
予定の時間を大幅にオーバーしてのミーティングであったが、長谷川学長は少しも迷惑そうな素振りをせず、丁寧に対応してくださった。
まさに”人格者”である。
一緒に見学したメンバーも白井教授をはじめ、障害者教育や福祉に精通した方々で、休憩中や移動中の会話でも様々な知見を伺うことができた。
それはまた同時に自分の無知・未熟さを痛感する時間でもあった。
充実した楽しい時間は残念ながらあっという間に過ぎてしまう。
散会した後、若者の行き交う高田馬場という学生の街を歩きながらこの若者たちと同じように私の娘が、仲間たちと語らい、笑い合い、時には泣き、恋愛や喧嘩をしたり青春を謳歌する様を想像した。
今日までの私は普通の青春を過ごす娘の姿を想像することができなかった。
交差点で学生と思しき若者たちと青信号を待っている時、大通りの向こう側の歩行者信号がボヤけて見えて仕方がなかった。
マスクで眼球が乾燥したのか、それとも涙腺が緩みがちなお年頃なのだろうか。
いや、嬉しいのだ。嬉しくてたまらないのだ。
娘だけでなく、全ての支援を必要とする子ども達に”青春”を味わう機会があることを知り、涙が出るほど嬉しかった。
僅か数時間の見学であったが、生徒さん達のイキイキした表情が忘れられない。
長谷川学長の理念やゆたかカレッジのことを少しでも多くの方々に知ってほしい。
そしてたくさんの子どもたちに友や先生と語らい、多くの喜怒哀楽を味わって青春を謳歌してほしいと心の底から願う。
ゆたかカレッジを知った私にできることは、一人でも多くの人にゆたかカレッジを知ってもらうこと。
勝手に使命感を感じた私はCOMUGICOを通じ発信し続けていきます。
*質問及び回答
(回答)
入学時は自己主張が強い子と何事にも無関心な子の2パターンの生徒が多く、自己主張が強い子同士は最初の2,3ヶ月はケンカばかりですが、週末の余暇活動などについて生徒同士で話し合うことにより、合意形成のプロセスを学び譲り合うようになります。
無関心なタイプの子はカレッジの勉強が社会生活に有効だと気づき、積極的に学ぶ姿勢に変わります。
1,2年生は縦割りのクラス編成なので、1年生は2年生を頼り身近な目標とし、2年生は1年生の手本になろうと努力します。
卒業時には別人のようになります。
(回答)
全国各地から開校してほしいと要望があります。今のところ石川県で開校の予定はないですが、都会では難しい活動も地方では可能な場合もあり、地方での活動を積極的にしていきたいと思っています。
事業開始からまだ5年と実績も少ないため、今は年に2か所ペースでしか展開できていませんが、熱心な保護者の方々が各地で誘致活動をしてくれたりもしています。
物件探しに不動産屋さんにまで帯同して、オーナーさんの説得に協力したりしてくれる方もいます。
(回答)
通学エリアに制限はありません。千葉キャンパスが近くても早稲田キャンパスに通う生徒もいます。
(回答)
今年は「スポーツ」「家庭科」「視聴覚」「乗り物」のサークル活動を行なっています。
(回答)
入学の基準としての試験はありません。基本的には早い者勝ちですが、予定定員をオーバーした場合は定員を追加して希望者全員を受け入れる体制を作ります。
他に代わる活動をしてるところはありませんから、希望者を受け入れることはカレッジの責務であると考えています。
(回答)
都会のキャンパスでは行動障害(他害・自傷)、生活介助の必要な方は残念ながら受け入れできません。数年前までは受け入れていましたが、都会のオフィスビルを使用しての環境では難しいのが現実です。今後は地方のゆったりとした環境でそういった子どもたちにも対応していきたいと思っています。
(回答)
早稲田大学の施設を借りて卒業式をしています。また、横浜キャンパスでは相模女子大と共同での活動を行い、文部科学省に報告をしています。
近年はコロナ禍で活動できていませんが、東大のボランティアサークルと東大の学園祭準備に参加したりしていました。
東大では駒場校舎に教室も提供してもらっていますが、こちらのプランもコロナで中断しています。
これらの活動は教育学部の学生にとっても素晴らしい学びになると考えています。
障害者の高等教育保障する世界障害者権利条約を日本は批准したにも関わらず、それが守られていません。
文部科学省は関心を持って取り組んでいますが、残念ながら諸外国と比べまだまだ厳しい現状です。
(回答)
約60%が特別支援学校高等部卒、約25%が通信サポート校卒、3%が普通高校卒、あとはB型就労支援作業所や中学校卒業後に入学する子どもたがいます。
中学卒でも在籍期間は基本的に4年間となります。学年も同じですから18才と15才の生徒が同じ一年生として在籍することになりますが、意外と15才の子のほうがしっかりしてたりします。
また、さいたまキャンパスと江戸川キャンパスには、代々木高校と連携して高卒資格を取得できるカリキュラムもあります。